彼氏への信用
恋人の言動に違和をかんじるとき、
それがパートナーとして重大なことであれば、伝えることにしている。
ご飯をたべたあとは「ごちそうさま」と言って、とか。
知らないことはきちんと調べて、とか。
言い方がまちがっているのか、
わたしの言葉は、かれにまったく響いてないようにみえる。
そして、その話が終わると、何事もなかったかのように、
かれは甘い恋人の顔になり、「服を脱いで」と言う。
哀しい、と思いながらもわたしは服を脱ぐ。
彼とセックスをするのは好きだ。
思春期の男の子のように容赦がないし、
とても大きなナニをもっている。
だけど、考えてしまう。
言葉が響かないのなら、
どうして、彼はわたしと付き合いたがったのだろう?
恋人になるまえ、わたしたちはセフレだった。
彼は、他の人と付き合っていたわたしを、
「きちんと恋人関係になろう」と説得した。
わたしは、毎日電話してもまだ足りないほど、
いろんなことをかれと話したくて、その説得に応じた。
だけど、こうして言葉が胸に響くこともなく、
ただセックスをして、頭を撫でられるだけならば、
セフレのままでよかったのに。
そんなことをぐるぐる考えることがある。
そして、途中で我に返って驚いてしまう。
かつて自分が軽蔑していたタイプの女の人と
自分が同じことを言っているような気がするのだ。
「あのとき好きって言ってくれたのにどうして」と泣くような女の人。
そんな泣き顔を鼻で笑いながら、
わたしは男女間の不確実性をあいしていた。
どんなに甘い言葉をもらっても、すてきな出来事があっても、
「言葉はその瞬間の本音でしかないし、ものごとは変わり得る」
ということを、変形自在の真実として、
自分の指先の動きのように理解していた。
それなのに。
恋人の言動に、腹を立てるということは、
彼にとても期待をしているということだ。
期待しているということは、信用しているということ。
信用してしまった。
「今日、時間があったらお茶したいね」と連絡をもらっただけで、
(いま生理中なんだけど、ちゃんと言っておいたほうがいいかな)と
心配していたわたしが、男の人を信用してしまったなんて、驚きだ。